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エスカレーターの片側空けは,本当に損なのか

▣ シミュレーション◆ 交通◆ インタラクティブ
更新日:2026/09/23公開中

「急ぐ人のために片側を空けるのがマナー」──ずっとそう言われてきました. でも輸送効率という一点だけで見ると,それは正しいのでしょうか.

同じ人数を,同じエスカレーターで運びます.違うのは乗り方だけ.スタートを押してください.

日立ビルシステムの実測値で駆動静止 0.50人/段 ・ 歩行 0.27人/段 ・ 速度比 3.0

どっちが先に全員を運び終える?

同じ人数・同じエスカレーター。違うのは「歩く人のために片側を空けるかどうか」だけ。

片側空け0.0秒
到着 0 / 120人待ち 120人
両側立ち0.0秒
到着 0 / 120人待ち 120人
歩く人の割合 w(日本の駅の実測は約35%)35%
▲ 実測35%▲ 逆転50%
理論値:片側空け
147.2秒
理論値:両側立ち
118.4秒
片側空けの所要時間
1.24倍
勝敗が入れ替わる w
50%
入力にした実測値:静止レーン 0.50人/段・歩行レーン 0.27人/段(日立ビルシステム)/ 静止15 m/分・歩行45 m/分,首都圏の駅で歩行者35%(日立の検証, 2024-05-20) 注意:「損益分岐 50%」「勝敗が入れ替わる w」などは公表値ではなく,上の実測値からこのモデルが計算した結果です.

何が起きているのか

片側空けは「立つ側」だけに行列ができる

日立ビルシステムが首都圏の駅で数えたところ,利用者の65%は左側で静止,35%が右側を歩行でした. なのに片側空けでは,その65%が1本のレーンに押し込まれます.もう1本は空いているのに使えない. 結果,立つ側の手前だけに行列が伸びていく.空いている車線を,自分たちで捨てている状態です.

歩く側は「速い」が「スカスカ」

歩く人は前の人と2〜4段の間隔を空けます.密度は静止時の約半分(0.27人/段 vs 0.50人/段). 速度は3倍(歩行45 m/分 vs 静止15 m/分)なので,レーン単体の能力は 0.54 × 3.0 = 1.62倍.

つまり歩行レーンは「能力は高いが,歩く人が少ないと丸ごと遊ぶ」.この2つがせめぎ合うのがこの問題の本質です.

だから「歩く人が何%いるか」で勝敗がひっくり返る

スライダーを右に動かしてみてください.50%を超えたあたりで片側空けが勝ちます. さらに上げると今度は歩く側が詰まりはじめ,81%あたりで再び両側立ちに戻ります.

**片側空けが勝てるのは,この50%〜81%という窓の中だけ.**日本の実測35%は,その外側にあります.

結論:両側立ちが正しいのではない

「片側空けは非効率」と言い切るのも,「歩けるほうが速いに決まってる」と言い切るのも,どちらも半分しか合っていません.

正しい言い方はこうです.歩く人が半分を超えるなら片側空けが勝つ.日本では超えていない.だから負ける.

そしてここから面白い帰結が出ます.エスカレーターが高いほど,歩く人の割合は下がります(23m級で44%,7〜8m級で53〜61%). 階段2階分を駆け上がりたい人は,そう多くないということです. 歩く人が減る=損益分岐の50%から遠ざかる=両側立ちが有利になる.

実際ロンドン交通局は「両側立ちが有益なのは18.5m超の高いエスカレーターのピーク時だけ」と結論しています. このシミュレーションに高さ別の歩行者比率を入れると,同じ答えが出ます.

エスカレーター歩く人の割合このモデルの答え
23m級(高い)44%両側立ちの勝ち(12%差)
7〜8m級(短い・下限)53%片側空けの勝ち(6%差)
7〜8m級(短い・上限)61%片側空けの勝ち(28%差)
日本の駅35%両側立ちの勝ち(30%差)

→ **「片側空けは非効率」ではなく「高くて混んでいるエスカレーターでは非効率」.**これが一番正確な言い方です.


ファクトと出典

公表値とこのモデルが計算した結果を分けて書きます.後者はファクトではありません.

公表されている実測値(モデルの入力)
  • 1段あたりの人数:静止 20段に約10人(0.50人/段)/歩行 20段に約5.4人(0.27人/段) 出典:日立ビルシステム「エスカレーターの豆知識」(一次情報)
  • 首都圏の駅での実測:65%が左側で静止・35%が右側を歩行.移動速度は静止15 m/分・歩行45 m/分. 100人を運ぶのに片側空け104秒 vs 2列立ち80秒(約1.3倍) 出典:マイナビニュース(2024-05-20)(二次情報.日立の原資料には未到達)
  • ロンドン地下鉄ホルボーン駅の試験(TfL):両側立ち141人/分 vs 片側空け115人/分. ただし差が出るのは毎分100人超の混雑時のみで,恒久導入はされなかった 出典:Escalator etiquette (Wikipedia) / Londonist
  • 高さと歩行者比率:7〜8mで約53〜61%,23mで約44%(2002年の調査.二次情報)
このモデルが置いた仮定

斜面長12m(高さ6m・傾斜30度),段の奥行0.4m,ベルト速度0.5 m/s. これらは一般的な値を当てたもので,どの資料の公表値でもありません.

ただし**結論には影響しません.**モデルは「密度 × 速度」の比だけで決まり,段の奥行も絶対速度も比を取ると消えるためです. 影響するのは所要時間の絶対値だけです.

このモデルが計算した結果(ファクトではありません)
  • 歩行レーン1本の輸送能力は静止レーン1本の1.62倍(密度比0.54 × 速度比3.0)
  • 歩行者比率35%のとき,片側空けは所要時間1.30倍 → **これは公表値の「約1.3倍」と一致します.**モデルが妥当であることの確認になっています
  • 勝敗が入れ替わるのは歩行者比率50%.最も強いのは**61.8%**で両側立ちの1.31倍.**81%**を超えると再び両側立ちが勝つ

⚠️ この「50%〜81%」という窓は公表されている事実ではなく,上の公表値を入れてこのモデルが計算した結果です.

このシミュレーションで出せるのは輸送効率だけです. 転倒事故のリスクや,片手しか使えない人への配慮は,この数字の外側にあります.